町の診療所から世界を驚かせた冠岳区50年病院の軌跡

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[K-ベスト病院]地域拠点病院―Hプラス・ヤンジ病院

Hプラス・ヤンジ病院は、大病院への患者集中が著しいソウルで、地域総合病院として確かな地位を築いたと評価されています。写真は同院の医療スタッフが手術を行う様子。写真=Hプラス・ヤンジ病院

漢江以南で、20〜30代の若年単身世帯の割合が最も高いソウル市冠岳区。若さが脈打つトリムチョンと新林駅周辺で、今年で50年を迎える中堅病院が地域医療を支え続けています。

Hプラス(H+)ヤンジ病院は、1日平均2000人以上が受診する地域の中核です。28の診療科と医師約110人、10の専門センター、325床を備える総合病院で、大規模な大学病院への集中がとりわけ強いソウルでも独自の存在感を示してきました。設備や規模だけでなく、半世紀にわたり地域住民と信頼を積み重ねてきた点でも際立っています。

出発点は町の診療所でした。1976年3月、産婦人科専門医のキム・ランヒ氏が、冠岳区新林交差点に産婦人科を開業。ほどなく内科専門医の夫も診療に加わりました。「キム・チョルス内科・キム・ランヒ産婦人科」は、当時はまだ粗末な雰囲気だった冠岳区新林洞を支えました。夫妻は夜遅くまで診療し、明け方まで患者の状態を話し合う日々を送っていました。

1980年には名称を「ヤンジ病院」に改め、診療科を6科に、病床を51床に増床しました。キム・チョルス当時院長(現Hプラス・ヤンジ病院理事長)は、経済的・社会的条件にかかわらず、誰もが必要な治療を受けられるべきだという信念を掲げました。病院名を「ヤンジ」としたのも、その思いからです。病と生活の重みで暗く冷たい陰に置かれた患者に、温かな日差しのような病院でありたいという願いを込めました。

この信念は、病院の成長過程でも揺らぎませんでした。2007年に総合病院へ昇格し、地域救急医療機関に指定されて地域を代表する病院として定着しましたが、ヤンジ病院の目標はそこで終わりませんでした。病院は、さらに大きな夢を描き始めました。

病院が住民の身近な場所で出会うには…

2008年、現院長のキム・サンイル氏が父の後を継いで就任しました。キム院長は、地域住民の信頼を得ることを最優先課題に据えました。

「地域で長い歴史を持つ病院でしたが、当時は地域の方々が真っ先に訪れる病院ではありませんでした。住民の病院に対する感情も、手放しで前向きというわけではなかったのです。結局、地域拠点病院としての役割を強化することが先だと考えました」

地域住民が体調を崩したとき、最初に思い浮かべる病院。入院・手術・回復までを一つの場所で安心して任せられる病院。それが、キム院長が描いた「ヤンジ病院」の姿でした。この時からキム院長は医療サービスの質向上に注力し、同規模の病院と比べて医療スタッフや施設・機器への投資を増やしました。

グラフィック=ユン・サンソン・デザイナー

キム院長は本館を大規模にリニューアルする一方、病院名を「Hプラス・ヤンジ病院」に変更し、第2の飛躍を目指しました。HにはHope(希望)、Humanity(人類)、Healing(治療)の意味を込め、「+(プラス)」には、ともにより良いものを追求するという意志を織り込みました。

まず評価を高めたのは「消化器」分野です。健康保険審査評価院の胃がん適正性評価で1等級を5回連続で獲得し、大腸がん適正性評価も4回連続で獲得しました。2018年には消化器に特化した付属病院を開院。年間3万件以上の消化器内視鏡と、1000件前後の治療内視鏡を行う病院へと成長しました。

肥満糖尿病手術センターも、大学病院に引けを取らない実績を上げています。年間250件を超える高度肥満手術と、関連する合併症手術がここで行われています。

「地域拠点病院には、患者さんと最も近い場所で出会えるという特徴があります。生活圏の中で治療を受けられることが重要です。単に病院の規模を大きくするだけでは実現できません。患者さんの病歴や生活環境を理解し、治療後の生活まで一緒に見守ること。それが地域拠点病院の役割であり、Hプラス・ヤンジ病院の役割です」

病院は、地域拠点病院を掲げるだけにとどまりませんでした。診療の枠外でも住民と歩み、さまざまな健康講座や脆弱層支援、医療ボランティアを通じて地域住民の暮らしを支えています。2018年には「温かな心後援会」を発足し、低所得患者の治療費を支援しているほか、高齢者福祉館での配食ボランティア、困窮世帯支援バザー、児童福祉施設への後援なども継続的に実施しています。

同院のもう一つの柱が「国際診療」分野です。本院に併設されたHプラス国際病院は、国内外に居住する外国人患者のための診療機関です。これまでに130カ国の患者が国際病院を利用しました。英語・ロシア語・モンゴル語など、多言語のネイティブコーディネーターが外国人患者に専任サービスを提供しており、不便なく受診できる環境を整えています。

Hプラス国際病院は昨年、保健福祉部の「外国人患者誘致医療機関」認証を取得しました。グローバル患者が信頼できる国際診療の窓口として定着した形です。

技術がもたらした、もう一度の飛躍

Hプラス・ヤンジ病院は2020年、世界を驚かせました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが続いていたこの時期、各病院は共通の課題を抱えていました。COVID-19の検査では、医療スタッフが1日に数百人分の検査を担当しなければならず、防護服を着用したまま長時間の診療に投入されました。患者も屋外で寒さにさらされながら順番を待つ必要がありました。こうした状況の中で、最初に具体的な解決策を示したのがHプラス・ヤンジ病院でした。

同院は、世界初の「ウォークスルー選別診療所」を開発し、課題の解消につなげました。患者は公衆電話ボックスほどの空間内で検査を受け、医療スタッフは患者と完全に分離された状態で、壁に設置された手袋を通して検体を採取する方式です。直接接触を最小限に抑え、検査効率を高めたこのアプローチにより、同院はK防疫の主役として注目を集めました。

COVID-19パンデミック当時、Hプラス・ヤンジ病院が披露した「ウォークスルー選別診療所」は世界を驚かせた。

CNN、BBCなど30余りの国・地域の主要海外メディア50余りが、この事実を集中的に報じました。話題の中心に立ったこと以上に価値があった成果は「経験」でした。

キム・サンイル院長は「決まった答えのない危機状況で、病院が自ら解決策を生み出した経験を得ました」と振り返り、「これを機に医療イノベーションへの新たな視点を持ち、スマート病院への転換を継続的に推進しました」と語りました。

代表例が、人工知能(AI)を用いた大腸内視鏡です。AIが内視鏡映像をリアルタイムで検知し、ポリープが疑われる部位を表示して医療スタッフの読影を支援します。ウェアラブル心電計を活用し、入院患者の生体データをリアルタイムで自動モニタリングするシステムも整備しました。

冠岳区の拠点病院から、アジアの拠点病院へ

2024年12月には、ベトナム・ハノイにHプラス国際医療センターが発足しました。国内の医療機関が100%投資して設立し、独立運営する初の国際医療施設です。約910坪の規模で、磁気共鳴画像(MRI)、コンピューター断層撮影(CT)、X線、マンモグラフィ、内視鏡、超音波など、多様な健診インフラを備えました。

現在、Hプラス国際医療センターは、現地のVVIP患者や在留韓国人向けのプレミアム健診サービスを提供するだけでなく、ベトナム国民やハノイを訪れる69カ国の患者を診療しています。

もちろん困難は大きいものでした。医療制度や文化、言語、保険制度が異なります。韓国の医療システムとHプラス・ヤンジ病院の診療サービスを、グローバル患者が信頼するまでには時間と努力が必要でした。

キム院長は、技術やサービスそのもの以上に、持続可能な協力モデルを提示しました。現地での診療や検査結果に問題が生じた場合、ソウルの本院と直ちに連携する「グローバル・ファストトラック・システム」は、ベトナムと韓国の医療をつなぐ中核の橋頭堡です。

キム院長は「重症疾患や、精密治療が必要な異常所見が見つかった場合、検査結果と画像資料を基に、韓国の本院の専門医がリアルタイムで協診を行います」と述べ、「単にオンラインで診療するという概念を超え、地域間の医療格差を縮め、専門医へのアクセスを高めるシステムです」と説明しました。

「50年間、一つの地域で競争力を高めてきた分、健診―診断―治療を連携するシステムについて体系的な経験を積んできたと判断しました。特に韓国の病院は医療スタッフの臨床経験が豊富で、複数診療科が協診するモデルがよく整っています。ここに適切な遠隔医療の運用システムを加えれば、国境を越えた医療アクセスの限界を克服できると考えました」

ベトナムへ舞台を広げた後も、視線はなお冠岳区に向いていました。病院の未来とビジョンを問われると、キム院長は「地域の方々が身近な場所で、信頼して訪ねられる病院として記憶していただけたら」と答えました。

半世紀にわたり一つの町で積み上げてきた信頼。その信頼を土台に、今度は海外の患者に韓国医療を紹介し、医療界には地域総合病院の新たな可能性を示すこと。キム院長が描くHプラス・ヤンジ病院の未来です。

「病院も地域社会に対する責任と使命を忘れてはならないでしょう。診療や手術はもちろん、回復・リハビリ・療養・研究に至るまで、患者さんに必要なあらゆる医療サービスを一つの流れの中で地域の皆さまに提供したいと考えています。住民は安心して治療を受け、職員は誇りを持って働き、社会がともに成長するイノベーション病院になれたらと思います」

50年を迎えた病院は、今も新しい未来に向けた準備を続けています。その出発点は50年前と変わりません。最も身近な場所で、最初に手を差し伸べる病院になることです。

キム・サンイルHプラス・ヤンジ病院長は「地域拠点病院は、地域社会に対する責任と使命を尽くし続けなければならない」と強調した。写真=Hプラス・ヤンジ病院
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