
高齢の患者にとって、心臓弁膜症は厄介な疾患です。症状はゆっくり進むことが多く、息切れや体力低下があっても「年齢のせい」と見過ごされがちです。医療機関を受診しても、初診の段階から「大動脈弁狭窄症」を疑うのは容易ではありません。
そのため、受診の出発点は近所のクリニックや地域の病院になるケースが少なくありません。医師の聴診で心雑音が確認されたり、健康診断で心臓の異常を指摘されたり、息切れやめまいを繰り返して心エコー検査を受ける中で見つかったりします。
課題はその先です。重症の大動脈弁狭窄症(Aortic Stenosis, AS)であれば、弁を置換する治療を検討する必要があります。
これまで慶尚南道に住む高齢の弁膜症患者にとって、TAVI(Transcatheter Aortic Valve Implantation、経皮的大動脈弁留置術。TAVRと呼ばれることもあります)は、近いようで遠い治療でした。胸を開かない利点は知られていましたが、受診の動線に加え、費用負担も壁になっていました。
70代、80代の超高齢患者にとって、遠距離移動そのものが大きな負担です。家族の付き添いも必要になります。ソウルや釜山(プサン)まで足を運ぶ長い動線が、治療の決断を遅らせる要因になることもあります。
さらに、少し前までは80歳を超え、手術リスク(STS score 8%超)が非常に高い、または胸部外科的に開胸手術が困難と判断された患者を中心に、健康保険で給付支援が行われていました。こうした患者に限り、自己負担5%で治療を受けられました。
一方で、年齢がそれより下だったり、ほかの条件が合わなかったりすると、体調が悪くても患者負担が50%を超えました。場合によっては80%を支払う必要があることもありました。
しかし、7月6日以降は状況が変わりました。病院のハートチームが全員、TAVIの必要性に同意すれば、60代、70代など80歳未満の患者も自己負担5%で治療を受けられる道が開かれました。
TAVIが疑われる患者と一般の弁膜症患者、受診ルートから違う?
サムスン昌原病院(病院長オ・ジュヒョン)を受診する弁膜症患者のルートは、大きく2つに分かれます。1つは、当初からTAVIが必要と判断され、上級総合病院へ直接紹介されて来院するケースです。
地域のクリニックや病医院、または包括2次総合病院で大動脈弁狭窄症の所見が確認されると、手術やカテーテル治療が可能な病院へ紹介されます。
基本的には、ハートチーム(Heart Team;循環器内科+心臓血管胸部外科+放射線科+麻酔疼痛医学科)が整い、保健福祉部から「TAVI実施機関」の承認も受けた病院である必要があります。ここでTAVI CTや心エコーなどの精密検査を行い、ハートチーム診療を通じて、TAVIで可能か、あるいは開胸手術に進むべきかを決めます。
もう1つは、一般の弁膜疾患の所見として紹介されるケースです。この場合は循環器内科の外来を予約し、心エコー、心電図、CTなどの検査を進めます。その後、TAVIの可能性があれば、TAVIチームの協診と多職種での検討へとつながります。
見た目は似ていても、診察結果は異なることがあります。経過観察でよい患者がいる一方、開胸手術のほうが適した患者もおり、TAVIが必要な患者もいます。
初期段階で最も重要なのは、地域の病医院で弁膜治療が必要な患者を、適切なタイミングで手術やカテーテル治療が可能な上級医療機関へ迅速につなぐことです。弁が大きく狭くなってから受診すると、選択肢はそれだけ減ります。
弁膜症が疑われる患者は、どの流れで精密検査まで進むのか?
TAVIを検討する患者にとって最も重要な検査は、心エコーとTAVI CTです。まず心エコーでは、弁がどれほど狭くなっているか、心臓にどれほど負担がかかっているかを確認します。
これに対しTAVI CTは、人工弁が入る経路と構造、サイズを確認する検査です。一般のCTのように一部位だけを見るのではなく、心臓と大動脈、冠動脈、大腿動脈など、アプローチ血管を広く撮影します。
成均館大学サムスン昌原病院のパク・ヨンファン心臓血管センター長(循環器内科)は、これを「体に合うスーツを仕立てるために採寸する過程」に例えました。弁が最もよく開く瞬間を捉えてサイズを測り、血管の長さや弁の石灰化の程度を分析して、どの弁を使うか、どの血管からアプローチするかを決められるということです。
外部医療機関から重症大動脈弁狭窄症として紹介された患者も、すぐに治療日程を決めるわけではありません。まず外来で基本の血液検査と心エコーを改めて確認し、TAVI CTを撮影します。
検査結果が出ると、TAVIチームが再び集まります。循環器内科、心臓血管胸部外科、心エコー担当の専門医が一緒に確認します。患者が手術に耐えられるか、TAVIが技術的に可能かを確認し、合併する冠動脈疾患があれば先に治療すべきかどうかも判断します。
冠動脈造影やステント治療を先に行う必要がある場合があるためです。弁だけを見るのではなく、心臓全体のリスクを一緒に下げるプロセスです。

水曜日に治療が予定される場合、通常は月曜日に入院します。必要な検査を終え、冠動脈の問題があれば先に治療したうえでTAVIを行います。
状態が安定していれば金曜日に退院する、という標準的な流れを踏みます。患者から見ると短い入院に見えますが、その前段には精密な画像解析とチームの判断があります。
治療が終わっても、すべてが終わるわけではない
TAVIは治療時間が比較的短く、回復も早い傾向があります。状態が安定していれば入院期間も長くありません。
ただし治療直後は、不整脈、出血、意識の変化、弁機能、血栓リスクなどを細かく確認する必要があります。高齢患者では小さな変化でも回復に影響し得るためです。退院前には、患者と家族に対して、薬の服用、活動量、異常症状、外来予定について説明が必要です。
さらに、退院が治療の終わりではありません。サムスン昌原病院は治療後、一定の間隔でフォローアップを行います。退院後おおむね1週間前後の外来で状態を確認し、心電図や心エコーなどで弁機能と合併症の有無を確認します。その後は1カ月、3カ月、6カ月、1年単位で、患者の状態に応じて観察間隔を調整します。
パク・センター長は「TAVIは治療そのものも重要ですが、治療後の管理も非常に重要です」と強調しました。留置した弁が適切に開閉しているか、不整脈や血栓リスクはないか、薬をどう調整するかを確認するには、多様な弁膜治療の経験が必要だということです。
もちろん、患者が住む地域の病医院への逆紹介(回送)も必要です。ただし、すべての患者をすぐに戻せるわけではありません。
地域側でも、弁機能を精密に評価できるエコーの経験と、治療後管理の基準が整っている必要があります。地域医療機関とのネットワークづくりと役割分担を、今後さらに精緻化していくべき理由です。
地域でTAVIを受けることには、どんな意味があるのか?
慶尚南道圏の患者にとって、TAVIが地域で受けられることは、単なる利便性の問題ではありません。高齢患者にとって長距離移動そのものがリスクであり負担です。検査、入院、治療、退院後の外来まで、毎回家族が付き添う必要がある行程でもあります。
パク・センター長は「患者が住む地域の中で重症の弁膜疾患を見つけ、精密検査と治療を受け、最終的にはフォローアップまで一本の線でつなぐ仕組みが本当に重要です」と説明しました。TAVIは単に1回の治療で終わるものではないためです。
サムスン昌原病院が慶尚南道の弁膜症患者の拠点(hub)である理由は、TAVIの実施能力だけではありません。同院は1986年、慶尚南道で初めて心臓センターを開設し、開胸心臓手術を実施しました。
その後40年間、心臓手術と心血管カテーテル治療の経験を広く、深く蓄積してきました。TAVIは2023年に始めた新しい治療ですが、それを支える基盤は、そうした心臓治療の歴史の上にあります。
弁膜症は、もはや年齢を言い訳にしません。ただ、その答えを探しに遠くまで出かける必要がなくなっただけです。
[FAQ]患者から多い質問
Q. 近所のクリニックで心雑音がすると言われたら、すぐに大きな病院へ行くべきですか?
心雑音があるからといって、すべてが危険というわけではありません。ただし、息切れ、胸痛、めまい、失神が伴う場合や高齢患者の場合は、心エコーで弁の状態を確認することをお勧めします。検査結果が中等度以上であれば、専門的な診療が必要になる可能性があるためです。
Q. TAVIを受けたら、治療後もずっと大きな病院に通い続ける必要がありますか?
初期は、治療を受けた病院でフォローアップを受けるほうが安全です。弁機能、不整脈、出血、薬剤調整などを確認する必要があるためです。その後、状態が安定し、居住地近くの病医院でも必要な対応が可能であれば、役割分担を検討できるでしょう。
Q. 治療後、どのような症状が出たら病院を再受診すべきですか?
突然の呼吸困難、胸痛、失神、強いめまい、意識の変化、治療部位の出血や強い痛みがある場合は、直ちに受診してください。高齢患者では小さな変化でも悪化のサインになり得るため、家族が一緒に観察することが重要です。
解説=サムスン昌原病院 心臓血管センターのパク・ヨンファンセンター長(循環器内科)。 東国大学医学部を卒業し、東亜大学で医学博士号を取得した。サムスンソウル病院で循環器内科の臨床講師を務めた。大動脈・末梢血管疾患、心筋梗塞、狭心症、心不全、高血圧を診療し、インターベンション治療の認定医資格も持つ。現在、成均館大学医学部内科学教室教授、サムスン昌原病院の内科主任科長と心臓血管センター長、診療連携センター長を務めている。

