まだ名前のない医学、私たちが綴っていく『27番目のカルテ』

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[ホスピタリスト・ダイアリー]14

日本のドラマ『19番目のカルテ』ポスター。写真=TBS
日本のドラマ『19番目のカルテ』ポスター。写真=TBS

少し前に、日本の医療ヒューマンドラマを1本、一気見した。タイトルは『19番目のカルテ』。

カルテって何だろう?

調べてみると、ドイツ語の「Karte」に由来する言葉で、日本では医師が作成する患者の診療記録を指すという。けれど「19番目」とは?

日本の専門医制度は、内科・外科・産婦人科・小児科など18の専門領域を設けている。そこに2018年、新専門医制度の開始に伴い「総合診療科」が19番目の専門領域として認められた。総合診療科は、特定の臓器や疾患に限定せず、患者の全身状態や社会心理的背景まで踏まえて統合的に診療する診療科だ。日本でいう総合診療の概念は、韓国でいえば入院医療(ホスピタルメディシン)と家庭医療の機能をあわせ持つもの、と言えるかもしれない。

このドラマは昨年の日本で、視聴率が10%前後になるほど人気だった。全8話で、私は一気に最後まで見終えた。

周囲の医師たちの疑念や不満の中で、新しいやり方の診療を始める主人公の物語が、私には決して他人事に思えなかったからだ。専門領域に関係なく病棟患者を診る入院担当医(ホスピタリスト)として、随所で強くうなずいた。

特に印象的だったのは第1話だ。総合診療医である主人公・徳重先生が、通りすがりの患者の手に残るやけど痕から、その人が居酒屋の店主だと見抜く。彼は、どれだけ治療しても肩の痛みが改善しないと不満をこぼす整形外科の患者である。冷や汗をかき、左肩を押さえるその仕草ひとつで、徳重先生は心筋梗塞を見抜く。

一つの病気だけではなく、患者の人生全体を読み取る医師の姿を示す場面だ。だが同僚医師たちは冷笑的で、「詐欺師」か「超能力者」だと揶揄される。彼らは自分の専門領域でなければ関心も意欲も持たない。時に、専門を越える行為を「越権」だと捉える。
ドラマの主人公は患者に繰り返し語りかける。

「今、あなたにとって一番大切な問題は何ですか。」

「あなたの話を聞かせてください。」

そして、複数の治療法のうち何を優先すべきか、治療後の生活まで見据えながら、絶えず考え続ける。

象徴的なのが、下咽頭がんと診断された人気アナウンサー・堀田のケースだ。外科医は「手術すれば完治が可能だ」と言うが、堀田は後遺症を心配して手術を拒む。「声を失うことは、死ぬのと同じです。」

外科医と患者の意見が真っ向から対立すると、堀田は総合診療科にセカンドオピニオンを求める。徳重先生は外科、腫瘍内科、耳鼻咽喉科など複数の専門科の意見に耳を傾ける。だが、それらを患者にただ羅列することはしない。手術のリスクと予後、代替治療の可能性、機能温存の限界などを総合的に説明する。何より、患者の人生と恐れを尊重する。

患者は単に「取り除くべき病気」を持つ対象ではない。それぞれ固有の人生とアイデンティティを持つ一人の人間なのだ。徳重先生は、患者が過度に感情へ偏らず、「医学的な正解」と「患者の幸福」の間で最も現実的な道を見つけられるよう支える。

病棟において入院担当医(ホスピタリスト)も、同じような役割を担う。入院患者の状態は日々変化する。コンサルテーションを通じて、複数診療科の治療計画が同時並行で進む。入院医療(ホスピタルメディシン)は、こうした多様な治療を一つの流れとして整理し、患者と絶えず相談しながら全体の治療方針を調整する。

アナウンサーの例のように、生存だけでなく機能やアイデンティティの保持が治療目標となる状況では、この統合的な判断がいっそう重要になる。これは単なる管理業務ではない。専門知識、倫理的な熟慮、そしてコミュニケーション能力が結びついた高度な臨床領域である。

ドラマにはこんな場面もある。「かっこよく死にたい」と言い、自宅で訪問診療を受ける肺がん終末期の患者の話だ。このエピソードは、「何をさらにできるか」ではなく「どう共にいるか」を考える医師の姿を描く。命を延ばすことだけでなく、人生の最終段階に寄り添うことも医師の重要な役割だと気づかせてくれる。

ここで、入院医療(ホスピタルメディシン)の意味がより鮮明になる。入院医療は、病棟という場で治療の方向性を整える中心軸だ。各専門科と緩和ケアチーム、看護チームの意見を統合し、患者の状態変化に応じて目標を再設定する。家族とのコミュニケーションを通じて意思決定のプロセスを整理する役割も担う。

治療を追加することと同じくらい、治療を止めるタイミングを判断することにも専門性が求められる。
このドラマが伝えようとする核心メッセージの一つは、「結果より過程」だ。

医師だからといって、すべての命を救えるわけではない。だが、すべての過程に責任を持つことはできる。医療はしばしば、生存率、在院日数、合併症発生率といった指標で評価される。しかし終末期患者のケアにおいて、医療の価値は数字に還元できない。

説明は十分だったか、意思決定の過程で患者は尊重されたか、治療の限界は率直に共有されたか、人生を整理する時間は保障されたか……。

こうした要素が医療体験の質を決める。そして、この一連の過程すべてを扱う分野こそが入院医療(ホスピタルメディシン)である。韓国の医療制度には26の専門科目がある。数字だけ見れば、日本の19の専門科目より多い。つまり、それだけ細分化されているということだ。予防医学や職業環境医学、結核といった科目は、日本にはない分野でもある。だが入院担当医(ホスピタリスト)制度は、導入から10年が経っても独立した専門科目として認められていない。

それでも、私たちが病棟の現場で果たしている役割は明確だ。日本のドラマ『19番目のカルテ』が総合診療を通じて新しい門領域のアイデンティティを示したのだとすれば、私たちは、まだ正式な門科目として名付けられていない領域を実践している段階なのかもしれない。このドラマを見終えた後、いつものようにカルテを開いた。心の片隅にかな確信が生まれた。私たちの仕事が制度として定着していなくても、患者にとっては必ず必要な存在だということ。いつか韓でも入院療(ホスピタルメディシン)が正式な門科目として根付く日がるということ。そして、私たちがすこうした記が、なる診療記を超えて、一つの病ではなく一人の人生を丸ごと理解しようとした努力の痕跡としてっていく、という確信である。

それが、私たちの『27番目のカルテ』が待ち遠しい理由だ。そのカルテには、検査値や画像読影の結果だけが記されるのではない。退院後の生活環境、家族の理解、そして患者の選択までが共に刻まれる。複数の専門科の判断を一つの物語として束ね、患者の人生を中心に据える記録だ。それこそが、病棟で今、書き綴るべき新しい医療の生きた記録なのである。

イ・ジョンチャン 大韓入院医学会 副会長

〈編集者注〉入院担当医(ホスピタリスト)は、病棟に常駐し、最も近い距離で入院患者を診る医師を指す。2016年に試行事業として始まった入院担当医制度は、2021年に本事業へ移行し、今年でちょうど10年を迎える。『ホスピタリスト・ダイアリー』は、彼らが病棟で患者と出会い、治療し、退院へつなげながら、日々積み重ねていく小さな瞬間の記録である。患者と家族、他の医療スタッフ、そして入院担当医自身についての告白まで、この連載(週1回)を通じて、病院の中で起こる「人が生きる物語」を読者と分かち合いたい。大韓入院医学会の協力。

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