患者の名前を覚えられない医師の告白

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[ホスピタリストダイアリー] 6

写真=クリップアートコリア
写真=クリップアートコリア

早朝、病棟に入ると看護師が私の顔を見るなり叫んだ。

「教授、昨晩A患者がまた入院しました。」

ああ、私は何も悪いことをしていないのに、妙に申し訳ない気持ちになる。昨晩病棟でまた何か事故を起こしたのだろうか。ちっち。

私は人の名前をよく覚えられない。患者の顔を見ると検査数値や画像所見、さらには前回の入院時に交わした冗談まで思い出せるが、実際の名前を覚えるのにはいつも苦労する。しかし、そんな私でも忘れられない患者の名前がある。それはAだ。

彼はアルコール性肝硬変の患者だ。彼の世界では、酒量が一つの能力だった。酒を飲むことは仕事の延長であり、必要不可欠なことだった。しかし、酒には商売がなかった。30代前半で100kgを超えるがっしりとした体格だったが、結局病院を訪れるようになった。

慢性的な飲酒に耐えられなくなった肝臓は硬くなり、肝硬変に進行すると元に戻らない状況に陥る。肝臓は私たちの体で数百の仕事をする「化学工場」でありながら、肝硬変末期に症状が現れる「沈黙の臓器」である。その時には腹水がたまったり、黄疸が出たり、胃や食道からの出血が繰り返される。体内のアンモニア毒素が蓄積すると肝性昏睡を引き起こすこともある。軽い場合は不眠症や落ち着きのなさ、せん妄のような症状が見られる程度だが、ひどい場合は意識を失い昏睡状態に陥る。

Aを病棟で初めて見たのは「軽い」肝性昏睡の症状を示していた時だった。そうだ。ただ少し性格が悪そうに見えただけだった。彼は厳しい人生の跡を隠さずにさらけ出していた。全身にタトゥーを入れた彼は、厳しい表情で何でもかんでも罵声を浴びせていた。気に入らないと注射針を抜いて治療を拒否し、夜通し叫んでいた。彼のそばには自分の業界の大柄な弟たちがいて、看護師たちは病室に入ることすら難しかった。肝硬変で疲れた体と心に肝性昏睡が重なると、彼はなかなか落ち着かない状態になっていた。

私たちの国で肝硬変の原因は大きく四つに分かれる。慢性B型肝炎が最も多く、次にアルコール、慢性C型肝炎、非アルコール性脂肪肝の順である。興味深いことに、患者のタイプはアルコールによる肝硬変患者かどうかで分かれる。他の原因の患者は比較的静かで病弱な一方、アルコール性肝硬変患者は酒を飲む時の荒々しい姿が病室でもそのまま現れる。

初めての出会い以降、入退院が何度か繰り返される間、Aは特に私に対しては丁寧だった。肝性昏睡で乱暴になった瞬間でも、私の言葉をよく聞いてくれた。

私は救急医学の専門医だ。病棟の患者を見守る仕事をする前まで、キャリアのほとんどを大学病院の救急室で過ごした。そのおかげか、粗暴な患者や粗暴な家族に少なくなかった。私も激しくぶつかり合い、多くの喧嘩をした。しかし、時間が経つにつれて、適度に譲る方法や諦める方法も学んだ。何より、救急室では同じ患者に再び出会うことは稀だった。その瞬間をうまく乗り越えればそれで終わりだった。だから、患者の名前をよく覚えられない奇妙な習慣ができたのかもしれない。

しかし、病棟はまったく異なる世界だった。一度声を荒げると、医師と患者の信頼関係が壊れてしまう。患者が医師の言うことを聞かなくなると、それはそのまま悪い治療結果につながることを、入院専門医として働く中で学んだ。救急室では経験できなかったこのような関係は非常に戸惑った。そして、私がその戸惑いにやっと慣れ始めた頃にAに出会ったのだ。

Aは入院するたびに必ず私に主治医を担当してほしいと願った。他の病棟に入院している時には、担当教授や他の病棟の看護師たちまでAを私たちの病棟に送るように頼むほどだった。彼がなぜそこまで私を求めたのかは確かではない。救急室で身につけた「適度に譲る」態度のせいか、あるいは医師としては少しがっしりした私の印象や体格から感じた何かの親近感や信頼感かもしれない。もしかしたら、私も酒が好きだということに気づいたのかもしれない。とにかく、彼は入院するたびに私の患者になった。

「今回は何のために入院したんですか?」
心の中で「今回も前回と同じだろう」と思いながら看護師に尋ねた。
「大量の血便で来ました。胃静脈瘤出血のようです。肝性昏睡もひどいです。」

写真=クリップアートコリア
写真=クリップアートコリア

いつか悪化するだろうということはある程度予想していた。このような治療で進行を防ごうと懸命に努力してきた。しかし、肝臓が悪化する速度は思ったよりも早かった。胃出血が起こると血液が腸で消化され、体内のアンモニア濃度が上昇し、肝性昏睡もさらに悪化する。

二ヶ月ぶりに再会したAは、今回はその荒々しい口もまともに開けなかった。意識もぼんやりしており、何より血圧と脈拍が不安定だった。私は太いカテーテル(管)を体の深い中心血管に挿入し、血液銀行から持ってきた血液を急いで注入した。救急室で何度も行ってきたことだが、今は感覚が違った。彼は二、三ヶ月に一度訪れる「私の患者」だった。

緊急内視鏡を実施できる程度に血圧と脈拍がかろうじて安定した。止血がうまくいけば病棟でも耐えられるだろうが、1、2日中に集中治療室で見守るのが適切だと判断した。

ああ、まさかまた集中治療室まであの性格をなだめに行かなければならないのだろうか…。

集中治療室に患者が移されると主治医が変わる。だから二日、長くても三日ほど経てば回復して再び病棟で受け入れてほしいという連絡が来るだろうと待っていた。しかし、一週間が過ぎても連絡がなかった。

そんなある朝、コンピュータ処方システムの最初の画面にAの名前がポップアップで表示された。
「Aは死亡患者です。処方後に実施していない未完了の内容を確認してください。」

集中治療室に送った時点からの記録をじっくりと追ってみた。血圧が上がったのか。良くなったようだったが…。熱が出た。感染が起こったのか?尿量が減り始めた。昇圧剤を使った。輸血を行い、ああ、出血が再び…。血圧低下…。臨終前に家族に連絡。

見送った患者を長く心に留めておく方ではない。患者を見送るとすぐに心を整え、次の患者に集中しなければならないのが救急室だった。それは入院病棟でも大きく変わらなかった。しかし、かなりの時間が経ったのに、ふとAが思い浮かぶ。名前を最も長く覚えている患者になった。

先日外来の廊下を通りかかると、誰かが嬉しそうに挨拶をしてきた。確かに見覚えのある顔なのに、誰なのかすぐには思い出せなかった。私が名前だけ覚えられないと思っていたら、今では顔もよく覚えていないようだ。その方の目元がすぐに赤くなった。ああ、今思い出した。Aの母だった。いつも息子のそばで涙を飲み込んでいたその姿が重なった。私は言葉もなくしばらくその手を握り、短く挨拶を交わして別れた。

そして再び病棟に戻った。2号室2番患者の呼吸状態が悪化したとの連絡が入った。まだ名前を覚えていない患者だ。

金賢鍾教授

大韓入院医学会学術委員長(龍仁セブランス病院入院医学科臨床教授)
救急医学専門医(2022年から入院専門医として活動)

〈編集者注〉
入院専門医(ホスピタリスト)は病棟に常駐し、最も近くで入院患者を見守る医師を指す。2016年に試行事業として始まった入院専門医制度は2021年に本事業に移行し、今年でちょうど10年を迎える。
「ホスピタリストダイアリー」は、彼らが病棟で患者と出会い、治療し、退院させながら日々積み重ねていく小さな瞬間の記録である。患者と家族、他の医療従事者、そして入院専門医自身に対する告白まで、この連載(週1回)を通じて病院内で経験する「人が生きる物語」を読者と共有したい。大韓入院医学会の助けを得て

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