
「医師の裁量に委ねる」という方針に、産婦人科の開業医がなぜ「政府の責任転嫁だ」と受け止めたのでしょうか。
直選制・大韓産婦人科開業医会は15日、声明を発表しました。妊娠中絶薬「ミフェプリストン(ミフジン)」を医師の判断で使用できるようにする前に、処方可能な妊娠週数や事後管理の方法、医療従事者の法的責任をまず明確にすべきだと訴えました。
大韓産婦人科医会も14日、同様の問題を提起しています。イ・ジェミョン大統領が、違法な海外購入を放置せず現実的な解決策を探るよう求めたことを受け、産婦人科開業医の2団体が2日連続で反発した格好です。
両団体が特に敏感に反応したのは、ミフジンの「導入」そのものよりも、「医師の良心と専門的裁量」という表現でした。法律が定めるべき許容範囲や事故時の責任まで、現場の医師に押し付けられかねないとの懸念があるためです。
「違法購入の放置はだめ」…導入より「準備なき容認」に反対
直選制・大韓産婦人科開業医会は、ミフジンそのものを無条件に禁止すべきだと主張しているわけではありません。
声明では、女性が違法流通ルートで検証されていない薬を購入して服用している現状を懸念し、「合理的な制度整備の必要性に全面的に共感する」と明らかにしました。薬物による妊娠中絶が法と制度の隙間に放置されてはならない点についても、異論はないと付け加えました。
一方で、国が処方基準を定めないまま判断を医師に委ねてはならないと主張しました。妊娠週数や処方対象、禁忌事項、事前検査、フォローアップ、救急対応の基準を盛り込んだ国家の診療指針を先に整備すべきだ、という要求です。
服用後に大量出血や感染、妊娠組織が完全に排出されない不全妊娠中絶が起きた場合、どの基準で診療の適切性と医師の責任を判断するのかも定める必要があると強調しました。
声明には「超法規的な容認」「医療の大惨事」といった強い表現も盛り込まれました。ただ、医学的な安全条件が整えば制度整備に協力する意向も示しています。ミフジン導入そのものより、準備が整わない段階で医師に判断と責任を負わせる方式に反対している、という趣旨だと受け止められます。
前日には「強行なら全面拒否」…両団体の要求は類似
大韓産婦人科医会も14日、声明を出し、代替立法と安全管理体制なしにミフジンの使用を認めてはならないと主張しました。
同会は、処方可能な妊娠週数や副作用の責任を医師の裁量に委ねれば医療紛争が増えかねないとして、政府が導入を強行する場合は全面拒否運動に踏み切る可能性があると明らかにしました。投薬前に妊娠週数と位置を確認し、服用後の経過まで見守れる管理体制も求めました。
表現に多少の違いはあるものの、両団体の要求は似通っています。違法購入の問題を解決すべきだという点では一致しつつ、処方基準と救急対応体制、医療従事者の法的保護措置を先に整備するよう求めています。
この大統領発言は「直ちに容認」ではなく解決策の検討だ
両団体が声明を出した背景には、イ・ジェミョン大統領の発言があります。
大統領は14日の閣議で、ミフジンが国内で認められていないため必要な女性が海外で直接購入して服用し、その過程で事故まで起きているとして、「放置するのが正しいとは思えない」と述べました。さらに、女性の健康状態によって判断が変わり得る以上、法律で一律に妊娠週数だけを定めることが必ずしも正解とは限らないとして、医師の良心と専門的裁量に委ねる案も検討できると明らかにしました。関係省庁には折衷案を探るよう指示しました。
ミフジンを基準なしに直ちに容認する政策発表というより、違法流通に追いやられた現実を制度の枠内で管理する方法を探ろうという提案に近い内容です。ただ、法的基準が整っていない状況で「医師裁量」に言及したことで、最終判断と責任を誰が負うのかが争点として浮上しました。
開業医にとって「裁量」が権限より負担と受け止められる理由
一般に医師の裁量とは、患者の状態に合わせて治療法を選ぶ専門的権限を指します。ただ、妊娠中絶は医療判断だけでは解決しにくい問題が絡みます。妊娠何週まで処方できるのか、未成年者の同意をどう得るのか、処方を望まない医師の選択権を認めるのかなども併せて定める必要があります。事故が起きた際に民事・刑事責任を分ける基準も欠かせません。
開業医は、薬を処方した医師であると同時に医療機関の運営者である場合が多いものです。患者が夜間や週末に出血や痛みを訴えた場合、どこまで相談対応すべきか、輸血や手術が必要なときにどの病院へ紹介するのか、患者がフォローアップ受診をしない場合に責任をどう分担するのか――いずれも現実的な課題となります。
大学病院は概して救急外来や手術室、入院診療を同一機関内で連携できますが、産婦人科クリニックには救急手術や輸血の設備を備えていないところも少なくありません。処方はクリニックで行い、合併症治療は別の病院が担う可能性があります。紹介・転院の基準や機関ごとの責任を事前に定めなければ、紛争につながる恐れがあります。
米食品医薬品局(FDA)は、妊娠維持に必要なホルモンであるプロゲステロンの作用を阻害する薬ミフェプリストンを処方するには、医療従事者が患者が薬を使用してよい状態かどうか判断できなければならないと規定しています。手術が必要な場合は自ら治療するか、他の医療機関につなげられる必要があり、患者が救急診療を受けられるよう備えることも求めています。
こうした現実の中で、開業医にとって「裁量」は自由な診療権というより、国が定め切れない基準と事故リスクを個人が背負えという意味に聞こえかねません。産婦人科学術団体よりも開業医の権益を代弁する2団体が先に強く反応した理由だとみられます。
また、開業医団体が救急対応体制の整備を求める背景には、服用後に出血や不全妊娠中絶などが起きる可能性に備える必要があるとの懸念があります。
このため政府が制度を設計する際には、相談とフォローアップ管理、夜間連絡、紹介・転院の調整をどの機関が担うのかを明確にし、必要な人員と費用の負担主体も定めるべきだとの指摘が出ています。
超音波検査、全患者に義務化するのか
開業医団体が強調した妊娠週数の確認と子宮外妊娠の除外、救急対応体制は、薬物による妊娠中絶を安全に実施するために検討すべき事項です。
ただし、服用前の超音波検査を全ての患者に義務化するかどうかは別の争点です。
世界保健機関(WHO)は、超音波検査を全ての患者に一律で求めてはいません。妊娠期間が不確かな場合や子宮外妊娠が疑われる場合など、医学的に必要なケースで実施するよう勧告しています。米食品医薬品局(FDA)も、全患者の対面診療や超音波を義務化してはいませんが、処方する医療従事者が妊娠期間と子宮外妊娠の可能性を判断し、救急診療や手術につなげられるよう求めています。
韓国で導入を議論する過程では、超音波を一律に義務化するかどうかより、どの患者に必要なのか、合併症が起きた場合にどの医療機関が対応するのかを具体的に定めることが重要だという意見も出ています。
承認審査も法的空白に縛られる
韓国では現代薬品が、ミフェプリストンとミソプロストールを併用する「ミフジミソ」の品目許可を申請し、食品医薬品安全処(MFDS)が審査しています。MFDSは、妊娠中絶を認める期間などが法律で定められて初めて、有効性・効果やリスク管理計画など一部の承認資料を確定できるとの立場です。大統領の発言だけで直ちに承認できる仕組みではない、という意味です。
憲法裁判所は2019年、刑法上の中絶罪条項について憲法不合致の決定を出し、2020年末までに法改正を行うよう求めました。しかし国会が期限内に代替立法を整備できず、処罰条項はすでに効力を失いました。妊娠中絶を認める時期と手続きを巡る法的空白は、現在も続いています。
ミフジンを巡る論争は、薬1つを承認するかどうかにとどまりません。誰が処方し、どこで管理するのか、どの時期まで使用するのか、救急時や医療紛争の責任をどう分担するのかを併せて定める必要があります。
もちろん、違法な海外購入をそのままにしておくのも解決策ではありません。だからといって、法と制度の空白を医師個人の判断だけで埋めることもできません。
政府が、処方可能な時期と対象、事後管理の方法、責任分担の基準を具体的に示してこそ、女性の安全なアクセス権と医療従事者の懸念を同時に解消できます。
