
高齢者では、においを嗅ぐ機能が低下することが少なくない。 主に加齢により嗅神経や受容体が衰えることで起こる症状だ。 鼻づまりが強くなる慢性鼻炎・副鼻腔炎(蓄膿症) などの耳鼻咽喉科疾患や、認知症・パーキンソン病などの神経変性疾患が原因となることもある。 嗅覚機能が低下すると、台所で食べ物が焦げるといった緊急事態に対応しにくい。 腐敗臭のする食品に気づかないまま摂取して、腹痛や下痢を起こすこともある。 このような場合は耳鼻咽喉科を受診して原因を確認し、薬物療法を受けるか、重症であれば嗅覚リハビリテーションを受けるのが望ましい。
嗅覚機能が低下すると、平衡感覚・歩行・握力も低下
ところが、においを嗅ぐ機能が低下した高齢者では、身体の運動機能も低下しているケースが多いという研究結果が米国から報告された。 米チャペルヒルのノースカロライナ大学ギリングス・グローバル公衆衛生大学院、ミシガン州立大学医学部の疫学・生物統計学部門、シカゴ大学の耳鼻咽喉科・頭頸部外科などが、65歳以上の高齢者5474人(平均年齢75.3歳)を対象に共同で調査した結果だ。 研究結果をまとめた「高齢者における嗅覚同定機能障害と身体機能低下(Dysfunction in Olfactory Identification and Physical Function Decline in Older Adults)」は、米国医師会雑誌(JAMA)耳鼻咽喉科・頭頸部外科に先月掲載された。
嗅覚機能は、運動機能が低下した高齢者の識別に活用可能
調査の結果、嗅覚機能が低下している群は、機能が比較的良好な群に比べて、平衡感覚と下肢筋力、 歩行速度、 握力がより低いことが分かった。 これらの身体機能が年々低下する速度も、より速いと確認された。 結果として、高齢者の嗅覚機能低下は身体機能低下と密接に関連していることが示された。 研究チームは、高齢者の嗅覚機能低下は、歩行中に転倒しやすい、椅子から立ち上がるのが困難なほど筋力が落ちているなど、身体の運動機能が低下した高齢者を識別するうえで臨床的に有用だと評価した。 さらに、嗅覚機能障害と機能的な加齢がなぜ結びつくのかを、生物学的に解明する研究が今後必要だと提案した。
対象者の嗅覚機能は、国際的に広く認められている嗅覚評価ツールである 「スニッフィン・スティックス嗅覚同定検査」で判定した。 シナモン・コーヒー・魚など特定の香りを付けたフェルトペン(サインペンやマーカーのように、圧縮繊維に内蔵したインクなどの液体を供給する器具)を用い、嗅覚の閾値、 弁別能、 同定能を評価した。 もともと耳鼻咽喉科や神経内科で、嗅覚脱失や嗅覚低下、 正常嗅覚を診断する際に用いられる。
検査は、フェルトペンを被検者の鼻孔の 2cm 前に 3秒間かざし、提示されたにおいの選択肢の中から1つを選んで記入してもらう方法で行われた。 研究チームは 12項目の香りについて嗅覚検査を実施し、正答数に基づいて 0-12点で採点したうえで、良好(11-12点)、 中等度(9-10点)、 不良(0-8点)に分類した。
4m 歩行に要する時間と平地歩行速度で身体機能を評価

身体機能検査は、家庭などでも高齢者に対して簡便に実施できる点で有用性が高い。 対象者は嗅覚検査に加えて、身体機能検査も受けた。 身体機能検査は、バランス保持立位、4m 歩行時間と平地歩行速度、 そして椅子立ち上がり、 握力などで構成された。
4m 歩行時間の検査は、高齢者の機能的移動能力を測定し、死亡や転倒などの健康関連イベントを予測するために考案された短距離の標準化検査である。4mを歩くのに平均 3.57秒であれば正常速度とみなされる。5秒以上かかる場合は筋力に問題があり、転倒リスクがあると判断される。 この検査は、高齢者の機能的な身体能力や生活の質を評価・予測するうえで有用とされる。
平地歩行速度の検査は、筋骨格系、 神経系など多様な身体システムの機能を反映し、入院リスク、 転倒リスク、 認知機能低下、 死亡率と高い相関を示す指標の一つだ。 速度が毎秒 0.8m 以下なら 「フレイルリスク増加」、1.0m 以上なら 「自立した歩行能力があり概ね健康」、1.2m 以上なら 「歩行の安全性が高い水準」とそれぞれ判断した。
この検査は、被検者に 「楽な速度で歩いてください」 と依頼して開始する。 開始の合図から、足が初めて 10m 離れた目標地点に到達するまでの時間を測定する。 これを 3回繰り返して平均値を算出する。
4m 歩行に要する時間と平地歩行速度は、家庭やマンション・住宅街の空き地でも、巻尺とストップウォッチがあれば簡単に確認できる。 これを基に、高齢の家族や自分自身の身体機能を把握することも可能だ。 今回の研究は、高齢者がにおいを十分に嗅ぎ取れない場合、それが身体機能低下のサインであることを示すと同時に、家庭で身体機能検査を行う方法も併せて紹介している。 ただし、この検査で分かるのはあくまで目安であり、 正確な健康状態や身体機能の評価は医療従事者によって行う必要がある。
