「理論ばかり教えて患者に会えない。」
講義をボイコットして投げかけられた学生たちのこの叫びが、ドイツ最高峰の医学部のカリキュラムを講義室から病棟へ移す出発点になりました。1989年、ドイツのシャリテ医学部で起きた出来事です。
シャリテ医学部とはどのような場所でしょうか。1710年にプロイセン国王フリードリヒ1世の命により開設され、現在は4つのキャンパスと17のセンター、約100の診療所、3000床の病床、1万5500人余りの職員(うち医師科学者が4400人以上)規模に成長しました。19世紀の著名な医学者ルドルフ・ウィルヒョウやロベルト・コッホの足跡があり、ドイツの生理学・医学のノーベル賞受賞者の半数以上がゆかりを持ちます。アインシュタイン財団のパートナーであり、世界各国の研究者や臨床医が行き交い、活発に交流し知を育む巨大な生態系です。
ヨーロッパで最高の医学部の一つと評されるこの場で、患者のための「本当の医師」を育てる教育改革が数十年にわたって進められてきました。

記者がシャリテを訪れた8月14日、ベルリンのシュプレー川沿いの赤レンガの建物の間に朝霧が流れていました。シャリテの教育改革をリードしたハルム・ピータース教授に会いに行く道中です。欧州医学部協会(AMSE)会長であり、世界医学教育連合(WFME)執行委員でもある彼は、シャリテ医学部でジーター・シェフナー医療教育・教育研究センター長を務めています。
教授棟2階の研究室のドアを開けると、正面の講義棟に面した大きな窓が開いていました。席に着いたピータース教授が一息ついてから最初の言葉を投げかけました。
「医師になる過程は知識を積むことではなく、患者を理解することです。」
宣言のように聞こえる彼の言葉は、実は改革の設計図でした。ピータース教授は自身が見守った医学部教育の大手術の過程を国際医学教育学術誌 ≪Medical Teacher(メディカル・ティーチャー)≫ に発表して世界と共有しました。論文名は『山を動かす:ヨーロッパ大規模医学部における主要なカリキュラム改革を成し遂げるための実践的洞察(Moving a mountain: Practical insights into mastering a major curriculum reform at a large European medical university)』。山を動かすかのようだったその経験は、知識だけの医師ではなく患者を理解する本当の医師を育てるための過程でした。
「講義だけで患者がいない」…学生のボイコットが投げかけた問い
1989年当時、ボイコットの理由は単純でした。講義はぎっしり詰まっていたものの、病棟で患者に会い手で学ぶ機会が極めて少なかったのです。病床教育も形式的でした。伝統的な講義―実習の分離構造では「試験が上手にできる学生」が称賛され、「患者の前で説明が上手で慎重に手技を行える学生」は適切に評価されませんでした。
学生の不満に直面した大学はただちに実験に乗り出しました。まず全学生の10%を選定し、単純な疾患教育ではなく患者事例を多角的に見つめる問題中心学習(POL)のパイロット教育課程を開始しました。患者とのコミュニケーション・チームワーク・臨床手技を体系的に訓練しました。
何が変わったのでしょうか。既存の教育課程とパイロット課程の学生に同じ質問を投げかけてみました。「あなたは明日すぐ医師として働く準備ができていますか?」既存課程の学生は20%、革新的教育課程の学生は70%が「はい」と答えました。
この数字が教員陣を動かしました。ピータース教授は「学生が自分で準備ができていると感じるか」という質問一つが改革の出発点だったと回想しました。

しかし意志だけでは問題は順調に解決しませんでした。ドイツでは学部医学教育に対する国の拘束力が強いのです。シャリテが教育を変えようとすればまず国家規定を見直す必要がありました。さらに従来方式が正しいと信じる教員陣との長い交渉と議論が続きました。毎年600人が入学し、全学生数が4000人に達する組織でカリキュラムを変えることは、ピータース教授の表現のとおり「山を動かすこと」でした。
ピータース教授は「改革は計画表だけでは成り立たない」と言いました。リーダーシップと明確な根拠、そして利害関係者を動かす政治力が必要だと。変化の幅が大きいほど抵抗も当然ある。重要なのは反対者と絶えず対話し協力者へと変えることです。ピータース教授は強硬な反対者が時間とともに改革の主体になる場面を何度も経験したと語りました。
予科・本科の区分をなくした統合6年制…「問題解決」ではなく「患者をめぐる課題解決」教育へ
カリキュラム全面改編の時計は長い時間をかけて回りました。シャリテはパイロットプログラムで約10年の経験を積んだ後、予科(2年)・本科(4年)の区分をなくし、2009〜2010年から新入生全員に統合された6年制課程を適用しました。核心は「モジュール型医学教育課程(Modular Curriculum of Medicine)」です。卒業時に備えるべき知識・技術・態度をまず定め、その能力が毎年深化するようにカリキュラムを逆算して設計しました。科目を並べるのではなく、実際の患者の問題を中心に据え基礎と臨床教育を統合しました。
例えば「心筋機能障害の患者」事例を扱いながら解剖・生理・病理・薬理と循環器内科診療を一つに結び教えます。科目ではなく多様な患者状況を中心に据えました。
講義室の風景は完全に変わりました。入学初学期から7、8名の少人数グループで患者面談の練習をし、週2回の問題中心学習(POL)セッションでチームとして臨床事例を解きました。名前から長い「コミュニケーション相互作用・チーム能力(Kommunikation, Interaktion und Teamfähigkeit)」ワークショップを通じて「専門用語を日常語に置き換えて説明する方法」「多職種チームでの対立を調整する方法」を繰り返し訓練しました。

学期中に頭で覚えた内容は、休暇中の実習で体得するようにしました。看護実習から始め、臨床実習で様々な診療科を回り医師に影のように付いて学びます。授業は「今週の患者」を中心に講義・セミナー・実習を一つにまとめて進めました。
ピータース教授は「頭で学んだことを体で徹底的に身につけるよう教育を設計した。学生はこうした過程を経て早期から患者の言葉で語る方法を学ぶ」と説明しました。
シャリテ医学部出身のムン・ダウン、チューリッヒ大学病院神経精神科専門医はこのシャリテの教育方式を「患者の生活文脈まで見る訓練」と表現しました。彼は「病だけを見ず患者の人生全体を聴く方法、その中でコミュニケーションの重みを学んだ。その経験が今の私の診療姿勢を作った」と語りました。
筆記試験より重要なのは『実際の能力』
評価方式も変わりました。筆記試験は維持しつつ、客観的構造化臨床試験(OSCE)、シミュレーション診療、治療計画作成課題、コミュニケーション能力、ポートフォリオ評価が要となりました。
ここでシャリテが導入した概念がEPA(Entrustable Professional Activities・信頼して任せられる専門的活動)です。「医師が日常的に行う仕事」を業務単位に分解し、実習生がその業務をどれだけ安全に独立して遂行できるかを見るものです。患者の病歴聴取、身体診察、処方・記録、患者・家族への説明、特定手技などに分け、評価結果に応じて教育者の監督レベルを段階的に下げていきます。
ピータース教授は「初期は指導教員と一緒に実施し、その後は同じ部屋で監督を受け、熟練すれば『必要時のみ呼び出し対応』にして監督強度を下げていく。この段階的委譲方式は学年ごとの期待値を明確にし、実際の能力向上につながる」と説明しました。臨床現場では、学生に対して『何を知っているか』より『何を安全にできるか』をまず問うのです。
「教員・学生みんなが改革の設計者」
この巨大で長期にわたる改革を可能にしたのは「オープン・ガバナンス」の力でした。シャリテの医学教育には毎年約2500人の教員が参加し、そのうち約300人が教授でした。モジュール設計過程は教員陣と学生に完全に開かれていました。学生がモジュールの共同責任者として参加し授業企画・教授法・評価をともに決めました。対立はモジュール内協議と学長団委員会の審議で解決し、授業資料・日程・評価指針はウェブプラットフォームに透明に公開しました。不慣れな教員のために教員開発プログラムも並行して実施しました。共に作る文化がなければ改革は持続しないという信念が根底にありました。
結果はどのように現れたでしょうか。統合6年制の全面適用以降、実習最後の学年である実習最終年(PJ)で学生が感じる「現場ショック」が明らかに減りました。入学一か月で病棟に入り患者のインタビューをした学生たちは、最後の学年になると患者に会っても不慣れさではなく馴染みを感じると言います。学生は早期から「自分が担当できること」を明確に理解し成長しました。患者の前での説明の仕方、処方や記録の正確さ、小さな手技に至るまで、患者に寄り添い『患者に寄り添う態度』ような態度に変わりました。問題と解答を丸暗記した学生ではなく、自分が学んだことを患者の前で説得力を持って適用する学生が現れ始めました。
ムン専門医は自身の同期の中に臨床医以外に政策担当者やジャーナリストに進んだ者もかなりいると紹介しました。医学部を出たからといって必ず医師にならなければならないというプレッシャーは強くありません。研究・保健政策・ジャーナリズム・医療情報など多様な道が開かれており、学生時代に進路について様々な可能性を十分に探る時間が与えられているためです。医学部の教授になることも特権というより研究と教育を続ける医師の一つの進路に過ぎません。

ピータース教授が挙げた残る課題は次の通りです。
「第一に、入院・外来で患者が毎日別の医師に会う現実が教育現場にもそのまま存在します。医師―患者関係の継続性を教育設計にどう組み込むかの答えを見つける必要があります。第二に、学生学習支援の人工知能(AI)チューターが間もなく実用化されると予想されます。限られた教員時間を補い個別化学習を助けうる一方で、その効果と限界についてのエビデンスの蓄積がさらに必要です。まだAIが医師を代替するかどうかを断定するのは難しいですが、AIが『良い診療』をどこでどう補完するかが鍵です。第三に、知識はもはや教員の専有物ではありません。一次・二次・三次医療現場を緊密に結びどこでも同等水準の学習が可能になるようにすべきです。」
1989年の学生のボイコットから始まったドイツ・シャリテ医学部の改革は2010年の全面導入を経て、いま現場でその成果を語り始めています。患者のそばで、学生の言葉と手から。山を動かす作業、その山は実際に動いています。
〈ハルム・ピータース 教授は
1987年ベルリン自由大学を卒業し、1998年に内科専門医(専攻腎臓内科)を取得した後、2000年にシャリテ医学部内科教授に就任しました。2003年からシャリテ教育改革カリキュラム委員会の委員・副議長として改編作業を主導し、その後学制運営と教育イノベーションプロジェクトを総括してきました。2013年からはドイツ医学教育学会(GMA)『学生の教育活動』委員長を務め理事会に参加し、2015年に欧州医学部協会(AMSE)執行委員に選出された後、2020年総会で会長に選ばれました。現在は世界医学教育連合(WFME)執行委員として医学教育・患者診療の標準化と品質管理指標の整備に尽力しています.〉
⋅ インタビュー通訳および取材協力:チェ・ウォンタク(通訳者)
⋅ 取材協力:ムン・ダウン、チューリッヒ大学病院神経精神科専門医(シャリテ医学部卒)
#本企画は政府広告手数料で造成された言論振興基金の支援を受けています。
