
「薬はちゃんと飲んでいるのに、どうしてまたこうなるんだ」
うつ病や躁うつ病(双極性障害)の患者や家族が、診察室でよく口にする言葉です。薬物療法で症状が安定した後でも、睡眠時間や光への曝露、活動リズムが乱れると、再発リスクが再び高まることがあります。
高麗大学安岩病院の精神健康医学科のイ・ホンジョン教授の研究チームは、 こうした薬物療法だけでは拾いきれないリスクを、スマートフォンアプリとリストバンド型機器で補える可能性を臨床試験で確かめました。
研究チームが開発した概日リズムに基づくデジタル治療アプリ「CRM(Circadian Rhythm for Mood)」の多施設臨床試験の結果が、米精神医学の学術誌〈米国精神医学ジャーナル(American Journal of Psychiatry)〉に6月24日、オンラインで先行公開されました。CRMは、ウェアラブル機器とスマートフォンで生体リズムを測定して気分エピソードの再発を予測し、個別最適化した生活ガイドを提供するデジタル治療アプリです。
再発の引き金は別にありました
人の体には、およそ24時間周期で動く体内時計があります。この概日リズムが乱れると、抑うつや躁状態のエピソード(一定期間、症状が現れては消える発症)が起こります。
研究チームはこの原理に着目してアプリを開発しました。睡眠パターンが不規則になったり、日中に十分な光を浴びられなかったりといった日常の小さな変化が体内時計に影響し、症状再発の火種になります。
CRMアプリは、この乱れを事前に捉えて補正します。リストバンドとスマートフォンが、活動量・心拍数・睡眠・光への曝露といった生体リズム情報を自動で収集します。これにアプリへ記録した気分状態なども合わせて分析し、今後3日間の気分状態を「低い・普通・高い」で予測します。さらに、各個人の概日リズム指標に基づき、最適な起床時刻、光への曝露時刻、活動リズム安定化の戦略など、個別最適化したガイドと通知を送ります。
仕組みだけを見れば有望に思えますが、実際に効果があるのかは検証が必要です。研究チームは検証のため、厳格な臨床試験を設計しました。
再発発生率は3分の1に…比較アプリ群と3.4倍の差
高麗大学安岩・九老・安山病院、仁済大学一山白病院、釜山大学病院など全国5つの大学病院で、うつ病または双極性障害と診断され、安定状態を維持している成人患者93人を募集しました。CRMアプリ使用群47人と、見た目は同じでも治療機能のないシャム(sham・偽)アプリ使用群46人を無作為に割り付け、患者も研究者もどちらのアプリか分からない二重盲検方式で1年間追跡しました。
結果は明確でした。CRM群の再発発生率は、比較アプリ群の3分の1の水準にとどまりました。比較アプリ群がCRM群より3.4倍高かった計算です。
100人を1年間観察した場合に発生する再発件数でみると、CRM群は41.1件、比較アプリ群は139.3件でした。症状が続いた期間も比較アプリ群の方が長く、初回再発までの時間はCRM群が有意に長かった。再発回数を減らしただけでなく、再発してもより早く回復し、安定状態をより長く維持したことを意味します。
抑うつ症状と軽躁症状に分けてみても、全体としてCRM群の方が良好な結果を示しました。躁症状は発生例が4件にとどまるため、解釈には慎重さが必要だと研究チームは付け加えました。1年間のアプリ使用に関連した重大な有害事象は報告されませんでした。

「体内時計を合わせること自体が治療です」
気分障害と時間生物学、デジタル治療薬を専門に研究してきた責任著者のイ・ホンジョン教授は、「気分障害の再発は単なる症状の再現ではなく、光への曝露と活動が絡み合った生体リズムの不一致に由来する場合が多い」とした上で、「CRMは個人の生活パターンをリアルタイムに反映して体内時計を合わせる方式で、薬物療法を補完するデジタル治療機器になり得ることを示した」と語りました。
筆頭著者のヨム・ジウォン、チョン・ジェグォン両教授は、「自動収集されるセンサーデータだけで個人別の生体リズム特性を抽出し、個別最適化したフィードバックを提供するデジタル治療アプリを、二重盲検・シャム対照方式で検証した点に意義がある」とし、「今後は改善したUI/UXを適用した大規模研究と、生体指標に基づく作用機序の解明を進める計画だ」と明らかにしました。
CRMアプリは、高麗大学医療院の医療技術持株会社の子会社である(株)ヒューサーカディアンが開発しました。イ・ホンジョン教授は同社の共同創業者です。研究チームは、同社がアプリのプラットフォームを提供したものの、研究設計とデータ収集・分析・解釈には関与していないと説明しました。今回の研究は、韓国研究財団および中小ベンチャー企業部の技術開発事業の支援を受けました。
