がん治療の注射1本で、別の腫瘍まで消えた

| 入力:

【バイオキーワード】全身免疫を呼び覚ますCD40、初期臨床で見えた反転の兆し


抗体による免疫システム。写真=ゲッティイメージバンク
抗体による免疫システム。写真=ゲッティイメージバンク

数十年にわたり「可能性は大きい」とされながら、期待ほどの成果に届かない状況が続いてきた免疫がん治療戦略がある。抗腫瘍免疫反応を誘導する免疫活性化物質であるCD40作動薬抗体だ。免疫細胞を強力に活性化してがんを攻撃させる仕組みだが、ヒトを対象とした臨床試験では効果が限定的で、全身性炎症、血小板減少、肝毒性といった副作用も課題だった。ところが最近、この薬剤を新たに設計し、静脈内ではなく腫瘍内へ直接注入する方法に切り替えたところ、注目すべき初期結果が得られた。転移がん患者12人中6人で腫瘍が縮小し、2人ではがんが完全に消失した。

本研究は、がん領域で世界的に名高い米国ロックフェラー大学とメモリアル・スローン・ケタリングがんセンター(MSK)の研究チームが主導し、結果は国際学術誌《Cancer Cell》2025年10月13日号に掲載された。

CD40とは何か

CD40は免疫細胞表面にある受容体だ。ここにシグナルが入ると免疫系がより積極的に働き、がん細胞を認識して攻撃する力が高まる。言い換えれば、免疫細胞の「始動ボタン」の一つである。そのため、CD40を刺激する抗体薬は以前から有望な免疫がん治療候補として注目されてきた。

しかし現実は違った。従来薬の多くは静脈内投与で全身に投与され、正常細胞まで刺激してしまい、その結果、全身毒性が増大した。効果は限定的なのに副作用は軽くなく、開発はたびたび壁に突き当たってきた。

研究チームはここで2点を変えた。まず薬剤そのものを再設計した。ロックフェラー財団の支援を受けて開発された新規候補2141-V11は、ヒトCD40受容体により結合しやすいようにし、Fcガンマ受容体IIB(FcγRIIB)との相互作用を強めて、CD40シグナルをより効率的に伝達するよう改良した。前臨床研究では、この設計により従来より約10倍強い抗腫瘍免疫反応を誘導できることが示された。

2つ目の変更は投与方法だ。薬剤を静脈に入れるのではなく、腫瘍内へ直接注射する腫瘍内投与を選択した。薬効は腫瘍微小環境の中で集中的に発揮させ、全身性の副作用は抑えるという戦略である。研究チームは、この方法では毒性が比較的軽度だったと説明している。

腫瘍内に「小さな免疫基地」ができた

今回の第1相臨床試験には、悪性黒色腫、腎細胞がん、複数タイプの乳がんなど、さまざまな転移がん患者12人が参加した。初期臨床であることを踏まえても、結果は注目に値する。12人中6人で腫瘍が縮小し、そのうち2人は完全奏効(complete response)、すなわち検査で確認できるがんがすべて消失する結果を示した。完全奏効は、悪性黒色腫患者1人と転移性乳がん患者1人でそれぞれ認められた。重篤な毒性は報告されなかった。

さらに驚くべき点がある。注射した腫瘍だけが縮小したのではない。注射していない別部位の腫瘍も一緒に縮小、あるいは消失した。ある悪性黒色腫患者では、脚と足に複数の転移病変があったが、大腿の腫瘍1カ所にのみ反復して注射したにもかかわらず、他の病変がすべて消失した。転移性乳がん患者も皮膚病変にのみ注射したが、肝臓や肺を含む他の腫瘍まで消失した。これは局所治療が全身性の免疫反応を引き起こした可能性を示唆する。

研究チームは、治療を受けた腫瘍組織を解析して理由を追跡した。その結果、腫瘍内に樹状細胞(dendritic cell)、T細胞、成熟B細胞が大量に集まり、リンパ節に似た構造を形成していた。研究チームはこれを三次リンパ様構造(tertiary lymphoid structures, TLS)と説明した。言い換えれば、腫瘍内に新たに作られた「小さな免疫基地」である。TLSは複数のがんで、免疫チェックポイント阻害薬など免疫療法への反応が良好で、予後がより良いケースと関連することが知られている。

今回の結果の意義は、単に腫瘍サイズが小さくなったことにとどまらない。研究チームは、2141-V11が腫瘍微小環境を免疫反応に有利な状態へ変え、CD8陽性T細胞を活性化してがん細胞を攻撃させたと解釈した。実際、TLSは薬剤を直接注射していない腫瘍でも観察された。これは、一度活性化された免疫細胞が体内を移動し、別の腫瘍まで攻撃した可能性を示している。

「誰が反応するのか」を見極めることが課題

ただし、この結果を直ちに新たな標準治療の誕生とみなすのは難しい。今回の試験はあくまで第1相臨床試験である。患者数は12人に過ぎず、がん種も多様だ。第1相は本来、治療効果を確定するというより、安全な用量と作用機序を確認する段階である。したがって今回の結果は非常に有望ではあるものの、より大規模な後続試験で再現されてこそ意義が一層明確になる。

研究チームも次の課題として、反応予測指標を挙げた。なぜある患者は劇的に反応し、別の患者は反応しないのかを明らかにする必要があるという。実際、完全奏効を示した2人は、治療開始時点でT細胞クロナリティ(T-cell clonality)が高かったことが示された。同じがん標的を認識するT細胞集団が比較的よく形成されている患者ほど、治療反応が良い可能性を示唆する所見である。

現在、研究チームはMSKおよびデューク大学の研究者とともに、膀胱がん、前立腺がん、膠芽腫などを対象とした追加の第1相・第2相臨床試験を進めている。参加患者は合計で200人近い。今後、より大規模な研究で有効性と安全性が確認されれば、CD40系薬剤は、長年失敗を繰り返してきた免疫がん治療戦略から脱し、「一つの腫瘍を刺激して全身免疫を呼び覚ます治療」として再評価される可能性がある。

*論文出典: Fc-optimized CD40 agonistic antibody elicits tertiary lymphoid structure formation and systemic antitumor immunity in metastatic cancer. Cancer Cell, 2025; 43 (10): 1902 DOI: 10.1016/j.ccell.2025.07.013.

×