
診療は良かった。看護も良かった。ところが退院する日に駐車場で料金をめぐって言い争いになったら、その病院の記憶はどう残るでしょうか。
釜山(プサン)の海雲台白病院でサービス革新センター長を務めるチョ・ヒョンジン氏(産婦人科専門医)は「その瞬間、病院の記憶は0点になり得ます」と話しました。「病院で最も重要なのは良い診療です。しかし、良い診療だけでは良い病院にはなりません」とも強調しました。
マーケティングでは、こうした決定的な接点を「真実の瞬間(MOT, Moment of Truth)」と呼びます。顧客がサービスに触れる短い瞬間が、ブランド全体の印象を左右するという考え方です。
同氏がこの数年で手を入れてきたポイントの多くは、診察室の外にありました。回診前の通知1つ、手術中のメッセージ1通といった些細な接点です。こうした「真実の瞬間」をどう扱うかに焦点を当ててきたといいます。
その結果、健康保険審査評価院(審評院)の「2025年第5次 患者経験評価」で、海雲台白病院は総合得点96.32点を獲得しました。100点満点で、あと3.68点に迫りました。ソウルのビッグ5を含む上級総合病院47施設と総合病院329施設を合わせた中で全国2位。際立つ成果です。
もっとも、この評価が万能というわけではありません。審評院は退院患者にモバイルウェブ調査を送り回答を得ましたが、今回の調査の回答率は20%を少し上回る程度でした。残る80%に、どんな「真実」が潜んでいるのかは分かりません。
加えて、一般に想像されがちな「どれほど親切だったか」を問う調査でもありません。それでも、この点数が持つ意味は小さくありません。
足して100点になるわけではない
この成績表を正しく読むには、まず知っておくべきことがあります。
チョ・センター長は「患者経験とは、患者が認知する“記憶”です」と述べました。
一般の試験のように20点の科目を5つ足して100点にすれば終わり、という性格ではありません。どれか1つでも足切りに相当する失点が出れば、全体が不合格になり得るという意味です。駐車、食事、セキュリティーなど、評価項目にない要素であっても、実際の点数に致命的な影響を与え得るからです。
「良い診療だけでは良い病院にならない」という同氏の言葉は、この点で改めて重みを持ちます。診療がどれほど完璧でも、その前後のどこか一瞬が崩れれば、全体の印象も一緒に崩れてしまいます。
患者評価をめぐる競争は、なぜ年々激しくなるのか?
審評院の患者経験評価は2017年に始まり、今回で5回目となりました。今回の対象は全国376施設です。今後は専門病院、100床以上の病院まで対象を広げ、880施設以上に増やします。競争がさらに激しくなるということです。
病院側のこの指標への見方も変わってきています。2021年第3次評価の時点では、総合得点が90点を超えた病院は全国で2施設しかありませんでした。2025年第5次評価では57施設に増えました。それだけ、患者や家族の気持ちまで意識する病院が増えたということです。
こうした流れは韓国だけの話ではありません。米時事週刊誌「ニュースウィーク(Newsweek)」が毎年発表する「世界最高の病院(World's Best Hospitals)」の評価でも、患者経験の比重は2023年の14.5%から2026年には18.5%へと高まりました。いまやどこでも、診療の腕前だけでは最高を証明できない時代に入っています。
ヘベクトクトク、「情緒的支援」領域で全国1位をつくった立役者
審評院の調査は、看護師、医師、投薬および治療過程、情緒的支援、病院環境、患者権利保障、総合評価の7領域に分かれます。海雲台白病院はこのうち、医師(96.45点)、情緒的支援(94.80点)、患者権利保障(96.69点)の3領域で全国1位となりました。
このうち「情緒的支援」は、「疾患に対する慰めと共感」を問います。「自分がつらいことについて、誰かが慰め、共感してくれたか」。医療者の姿勢を問う設問です。予想通り、全国平均点は7領域の中で最も低くなりました。
ところが海雲台白病院は、ここで全国平均を大きく上回る点数を得ました。
チョ・センター長は、抽象的で備えにくいこの領域を、「ヘベクトクトク」というメッセンジャー基盤の通知サービスで具体化しました。入院案内から始まり、手術の進行状況をリアルタイムで知らせる「手術トーク」、担当医療者の回診日程を事前に案内する「回診トーク」、精算から支払いまで退院手続きの進行状況を段階別に知らせる「退院トーク」へとつながります。

患者と家族は現場で「情報の非対称性」に最も敏感です。これをマニュアルとシステムで標準化し、空白を埋めました。不安の核心が「分からないこと」にあるなら、表面的な感情表現よりも、正確な情報提供こそが情緒的支援になり得るということです。
この文化をつくったもう一つの柱が、院長自ら率先した「経営陣 患者経験ラウンディング」です。10人で1チームを組み、毎月入院病棟を回ります。キム・ソンス院長は4年にわたり一度も欠かさず参加しました。病院の隅々まで、患者一人ひとりを継続して見て回りました。
チョ・センター長は「病棟の看護師が患者さんに心から向き合うようになったのは、院長が毎月直接ベッドサイドを回る姿を示したことも大きく作用しました」と分析しました。上が先に動くと、下も動きました。医師も、事務職員も、次第に変わっていきました。
そうして積み上がった関係は、思いがけない瞬間に表れました。チョ・センター長は「亡くなられた患者さんのご家族が『本当に感謝しています』と書いてくださる話が、かなり多かったです」と明かしました。親や配偶者を見送った場面、場合によっては悔しさが残り得る状況でも、病院に感謝を残す家族が多かったということです。医療者の真心を見ていたからです。
実のところ「情緒的支援」という項目は、無機質な評価票の設問の一つにすぎません。ですが現場では、こうした瞬間の積み重ねが点数になっています。
医師領域1位、秘訣は「親切教育」ではなかった
医師領域は、尊重と傾聴、患者が医師と話す機会、回診時間の情報提供など4項目で構成されます。
チョ・センター長は「教授の先生方に『親切にしなさい』と教育したことはありません」と述べました。実際、患者経験評価の全26項目のどこにも「親切」という単語はありません。
その代わり、各診療科の医局を回り、患者経験評価とは何かを説明する場をまず設けました。そこで必ず「病院で一番大事なのは良い診療です」という言葉から始めました。続けて「なぜこうした評価が必要なのか」も確認しました。
「回診前に事前通知を送る『回診トーク』は、患者さんがその場にいてくださるので、医療者の回診動線を減らせます。医師が去った後になって疑問が浮かぶ患者さんのために『回診カード』も作りました。翌日来た教授がその場で答えれば、むしろ回診時間が短くなる効果もあるのではないでしょうか」
医師にも良く、患者にも良い構造です。そこでようやく納得する医師が増えていきました。
毎週「お客さまの声」を全部読むこだわりが生んだ患者権利保障1位
患者権利保障領域は、「不満を申し立てやすかったか」「公平な扱いを受けたか」を問います。サービス革新センターは毎週月曜午前、前週に受け付けたVOC(Voice of Customer、顧客の声)を部員が全て読みます。
チョ・センター長は「苦情を言う人ではなく、苦情の内容に集中します」と説明しました。苦情を言う人に集中すると、その人の怒りを鎮めるところで終わります。ですが内容に集中すれば、システムを直すことになります。
病院は、患者と家族から寄せられた称賛のエピソードを基に、毎月「ヘベクヒーロー(hero)」を選びます。対象は医師や看護師にとどまりません。臨床検査技師、診療放射線技師、警備員、清掃担当まで、患者と接するあらゆる接点のメンバーが含まれます。誰でも「今月のヒーロー」になれます。

最近の選定事例は病院の外で起きました。ある職員が別の葬儀場に弔問客として訪れた際、近くで心停止で倒れた見知らぬ弔問客を見つけました。心肺蘇生を行い、救急隊員が到着するまで付き添いました。これを見ていた別の目撃者が病院ホームページに投稿し、こうして「ヘベクヒーロー」になりました。
全国2位に残った「痛い指」
海雲台白病院が自ら認める弱点もあります。7領域のうち3領域は全国1位、別の3領域は全国2位でした。ところが「総合評価」領域だけは全国10位にとどまりました。「(入院期間を通じた)全体的な経験は何点でしたか」「この病院を他の人にも勧めますか」を問います。
チョ・センター長は「全国10位でも十分に良い成績ですが、私たちにとっては痛い指です」と自己評価しました。
この点数の正体を問うと、同氏はしばらく考えた末に「患者さんが“愛情”を表現する点数のように思います。まだ病院の歴史が短くて……。年月が積み重なって生まれる、古くからの愛着までは、まだ届いていないのだと思います」と答えました。
解決策も示しました。「病院への深い信頼、本当にこの病院が好きだという気持ち、理由のない真心のようなものが、根本的にもっと良くならないといけないのではないでしょうか」
同氏の言葉通り、細部の領域で1位がいくつも積み上がったからといって、すぐに「愛される病院」になるわけではありません。ただ、これは海雲台白病院だけの宿題ではありません。
全国の病院もいま、同じような問いの前に立っています。診療の実力差は次第に縮まります。その代わり、患者の選択を分けるのは、患者が病院で出会う数え切れないほど多くの「真実の瞬間」です。駐車場で、回診の場で、退院手続きの窓口で……。病院の次の競争力は、その些細な瞬間にかかっています。
