
一般の人は、体を動かした後に休めば回復する。
ところが、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS・筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)の患者は違う。軽い外出だけで急激に疲れ切り、ひどい場合は1~2日後に痛みと集中力低下まで一気に押し寄せる。「頭が回らない」と表現する人も少なくない。
単に体力がない、あるいは意志の問題なのだろうか。ME/CFSを知る専門家は首を横に振る。
「運動したら頭が完全に止まった」…なぜこんなことが起きるのか
この病気は、6カ月以上にわたり強い消耗感が続き、十分に休んでもなかなか改善しない。日常生活の活動能力も、以前より目に見えて低下する。
現在の診断では、「労作後増悪(PEM・post-exertional malaise)」の有無を重要な判断基準の一つとする。加えて、活動能力の低下、眠っても取れない疲労、認知機能低下などが併発しているかも確認する。
一般の人は運動後に疲れても、1~2日休めば再び通常の状態に戻る。だがME/CFSの患者では、運動や外出の直後よりも12~48時間後に状態がさらに悪化することが多い。痛みと極度の疲労が押し寄せ、頭がぼんやりする、といった具合だ。そのため「大丈夫だと思っていたのに、急に体が崩れた」と訴える。
PEMを引き起こすのは、体を使う作業だけではない。読書、会話、集中を要する業務など、精神的な活動だけでも症状が悪化することがある。
なぜなのか。研究者は、体がエネルギーを十分に産生できず、炎症反応と血行動態の異常が同時に起きている点に注目している。
運動は本来、体調維持に役立つが、この病気ではむしろ炎症反応を過剰に刺激する引き金になり得る。血流の異常も重なり、筋肉や脳が必要とする酸素とエネルギーを十分に受け取れない、という解釈もある。バッテリーが放電しているのに、充電もうまくできない状態と考えると分かりやすい。こうした変化が重なり、軽い散歩の後でも強い消耗状態に陥り得るという。
「体より先に脳がぼやけた」…それが認知症と違う理由
ME/CFSでは、体よりも先に脳機能が鈍くなることがよくある。
「頭に綿が詰まった感じ」「考えがワンテンポ遅れてついてくる」
そこで付いた名前がブレインフォグ(brain fog)だ。頭の中に霧がかかったように、思考がはっきりとつながらないという意味である。言葉がすぐに出てこない、今しようとしていたことを忘れる、集中が長く続かない。こうした認知機能低下はME/CFSの患者でしばしば報告される。
中年以降では「もしかして認知症の初期では」と不安になることもある。しかし様相は異なる。認知症は一般に、脳細胞の損傷や変性がゆっくり進行する病気として知られている。
一方で研究者は、ME/CFSのブレインフォグを、脳細胞が徐々に失われる過程というより、炎症・血流・エネルギー代謝の異常が絡み合い、脳機能がうまく働かない状態に近いとみている。免疫の過剰活性で生じた炎症が脳に影響し、血流が低下することで細胞のエネルギー産生にも異常が起きる、という説明だ。
治療法はまだ確立されていない。一部の患者では、睡眠・痛み・全身倦怠感といった症状が軽減するにつれて、認知機能も改善することがある。
「ただ疲れているだけじゃない」…なぜ名称まで変えたのか
この病気をめぐる誤解は根深い。「慢性疲労」という名称のせいで、「怠けているのでは」「意志が弱いのでは」と非難されてきた患者も少なくない。
患者団体や一部の研究者が、「慢性疲労症候群」ではなくME/CFS、あるいはME(筋痛性脳脊髄炎)という名称を併用してきたのも、単なる疲れではなく、免疫・エネルギー代謝・認知機能の異常などが同時に現れる病気であることを強調するためだ。
「白衣の天使」と呼ばれる近代看護学の創始者フローレンス・ナイチンゲール(1820~1910)は、1853年から1856年にかけて続いたクリミア戦争の後、原因不明の衰弱感と痛みにより、長期間にわたり通常の活動ができなかったと伝えられている。一部の研究者と患者団体は、ME/CFSに類似した状態だった可能性に言及してきた。ただし当時の医学記録だけで現在の診断基準を適用することはできず、あくまで推定の域を出ない解釈である。
1992年、米国の患者活動家トーマス・ヘネシー・ジュニアが、ナイチンゲールの誕生日である5月12日を「世界ME/CFS啓発デー(World ME Day)」と定めたのも、こうした象徴性によるものだった。現在、世界各国の患者団体や研究者が啓発キャンペーンを行っている。ナイチンゲールの誕生日を記念日にしたのは、長く正しく理解されてこなかった患者を忘れない、という意味が込められている。
「体は良くなったのに頭が回らない」…ロングCOVIDの後に残る症状
この病気をめぐる否定的な認識と同じくらい、患者数も少なくない。一部の患者団体は、ロングCOVID(COVID-19後遺症)の患者増加を反映すると、世界の患者数が最大6700万人に達し得ると推計している。COVID-19以前は1700万人程度だったが、ロングCOVIDの患者が急増し、数値が大きく跳ね上がった。
日本でも公式な集計はないものの、数十万人に上ると推定され、相当数が診断されないまま過ごしているとされる。血液検査のように確定診断できる単一の検査法がまだないため、症状のパターンとともに、他疾患の可能性も併せて確認する。
こうした症状は国内研究でもすでに確認されている。国立保健研究院が参加した研究結果が、国際学術誌 《感染と化学療法(Infection & Chemotherapy)》 の2025年版に掲載された。COVID-19罹患後、ロングCOVID症状が数カ月以上続いた患者66人を追跡観察した研究である。患者の34.8%が疲労を、30.3%が記憶力低下を、24.2%が集中力低下を訴えた。
疲労でもストレスでもないとしたら?
ブレインフォグと慢性疲労があるからといって、すべてがME/CFSを指すわけではない。睡眠不足、ストレス、うつ病、不安障害、貧血、甲状腺疾患、睡眠時無呼吸症候群でも似た症状が現れ得る。まずはこうした原因を確認することが重要だ。
ただし、次のパターンが繰り返される場合は専門医への相談が必要である。 十分に休んでも回復しない消耗が6カ月以上続く場合、軽い活動の後に12~48時間で症状がむしろ悪化する場合、身体活動だけでなく読書や会話などの精神的活動の後にも同じパターンが繰り返される場合である。
この3つがそろって現れるなら、単なる疲れというより、体の回復システムそのものに異常が生じているサインかもしれない。
